私事ではありますがの最近のブログ記事

時々血が騒ぐというか...

無性に見たくなるというか...

その環境に身を置いて のんびりしたくなる

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中央高速で車を1時間ほど飛ばせば そこは長野県安曇野

見えてくるのは つたのからまる教会風の「碌山美術館」だ

この中に萩原碌山(守衛)の作品が展示されている

私は碌山に時々逢いたくなるのです

 

 

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特に彼の絶望感を表した「デスペア」に見入ってしまう

愛は芸術なり 相告は美なり と言った彼の

現実との狭間 思い通りにならない愛情

そこから生まれる生命観と存在感

 

 

rokuzan3.jpg 碌山の他に楽しみがあって それは高村光太郎の作品も展示していることです

特に光太郎の「手」は私の好物

学生時代に出た課題のために 当時東京六本木のサントリー美術館に

通って研究したことが 今ではとてもなつかしい

 

すっかりリフレッシュして

うなぎを食べてから帰りました

うーん 満足な一日でした

 

 

 

 

 

娘が結婚をしました

前日までの大荒れの天気から 新緑がまぶしい快晴の日でした

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山梨から東京の多摩市まで 親戚やら友人を乗せて貸切のバスで会場まで向かいました

私はバスの皆さんに気を使い 

肝心の結婚式はどこか遠いできごとのように思っていました

いよいよ結婚式が始まりました

私は娘をエスコートして新郎に娘を渡すお役目

わずか10mくらいの真っ赤なバージンロードを二人で歩くのです

 

その時 私は泣いてしまった...

まさか泣けるとは思いもしなかったのです

娘の子供のころの思い出が走馬灯のように浮かんで

娘の顔を見ることができなった

 

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私は泣くと つい声を出してしまうのです

だから人前では泣かないようにしているのです

 

息子の結婚式は娘が増えると大喜びで

終始 笑顔だった私でしたが 娘の時は状況が違うようです

全国の娘のいるお父さんに提言

娘の結婚式は出ないほうがいい

仮病でもつかって欠席したほうが どんだけ父親の威厳を保てるか

本当です

 

 

 

 

私が19歳の頃 芸大の一浪をやっていた頃の話です

もう46年も前に上野に貼ってあった一枚のポスター

それが円空の仏像のポスターでした 見ただけで私は魅了してしまったのです

それから何年たったでしょうか? JCで大阪に行く途中

岐阜の羽島で新幹線に乗ったのですが 

その駅の構内で同じような円空のポスターを見たのです

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私の心の中で いつかは円空の実物をゆっくり見てみたいという望みができたのです

いつかは見に行こう いつかは見に行ける と思いながら30年もたちました

その話を幼馴染の小林君に話す機会がありました

すると彼は この年になると半年先はどうなっているかわからない

そんなに長く思っているのなら 俺も付き合うから一緒に行こう 

ということになり それから2週間後 岐阜の羽島市の円空資料館をめざして

車を走らせることとなりました

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資料館の前の駐車場を囲むように 円空の仏像が何拾隊とたっていました

木彫りだったので本物と思い 私はうれしさと感動で気が狂いそうです

後でわかったことですが 外に置いてあるのは本物ではなかったようです

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本物の円空の仏像は資料館の奥に厳重な囲いの中にありました

やっと円空の本物の仏像に逢えることができました 46年間も想っていました

まるで一刀彫のような荒らしいタッチ しかも印象的でやさしい感じもあります

始めて見た時の感動が未だに続いています

ずいぶんと大きく見えましたが 30-40cmくらいの大きさでおどろきました

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ずいぶん長い間そこにいました 館長さんのお話を聞いて ずいぶん知識が広がりました

円空の仏像は日本中に約2000隊あります

今度はひとつひとつ見て回る旅をしたいものです





先週の日曜日 息子の結納がありました

結納と言っても 息子たちは顔見せといい

簡単な挨拶をして 自己紹介をして

フランス料理に昼食をとりながら和気藹々と進んでいきます

全て息子たちが段取り 支払いまで息子が出していました



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私たちの時は どうだったでしょうか?

まずは仲人さんを立てて 仲人さんと一緒に娘さんの家に挨拶に行き

そこで結納の日を決めてという段取りだったような...

それに比べると息子のは簡単で これでいいのかと思ってしまう

ただ二人がいつまでも幸せに過ごしてくれれば 言うことはないのだが...


最後に息子は 式はいつで 住む所はどこどこで と計画をのべて締めとなった

小春日和の暖かい日だったので 外で記念撮影をして解散となった


よくよく考えると 私より息子のほうが かなり進んでいて

私が余計なことを言うまでも無く ちゃくちゃくと計画的が実行されているのだ







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